にじげん大塚

海外ドラマという名の「終わらないギャンブル」

海外ドラマという名の「終わらないギャンブル」

最近、ふとしたきっかけで昔の海外ドラマを見返しています。
『24』や『プリズン・ブレイク』。

今さら感はありますが
内容をほどよく忘れているせいか、まるで新作を観るような新鮮な気持ちで楽しめています。

それと同時に、今思えばあれは「不自由な熱狂」だったな……
なんて、当時の記憶が蘇って妙な感慨にふけってしまいました。


1.「お預け」が興奮を増幅させていた時代

今でこそ、スマホを数回タップすれば全エピソードが瞬時に観られますが
当時はそんな魔法はありませんでした。

映画やドラマを一本観るためには、
まずレンタルビデオ店まで足を運ぶという「作業」が発生した時代でした。

そこからさらに、棚を前にした「見えない敵」との戦いが始まるわけです。
一番の絶望は、これでした。

「意気揚々と店に行ったのに、9巻だけが貸出中」

8巻までは観た。目の前の棚には10巻がある。 でも、物語を飛ばすなんてプライドが許さない。

「よし、別の店ならあるはずだ」と、わざわざ別の店舗まで走るわけです。
ところが、そこでもピンポイントで9巻だけがポッカリ空いている。

あの時の、世界中から意地悪されているような感覚。

「世の中、なんでこんなに9巻だけ借りる奴が多いんだよ! おかしいだろ!」と、
見知らぬ他人に理不尽な怒りをぶつけたものです。

不便ではありましたが、あの「お預け」を食らっている時間こそが、
海外ドラマの興奮を増幅させていた気もします。


2.現代の絶望は「大人の事情」

翻って、現代。 「9巻問題」は解決しましたが、代わりに別の絶望が待っています。
「打ち切り」という名の、あまりに残酷な強制終了です。

最近、個人的に一番ショックだったのがAmazonの『ペリフェラル』でした。
クロエ・グレース・モレッツ主演で、映像も物語も最高。
一度は「シーズン2製作決定!」というニュースが出て、私は狂喜乱舞したんです。

なのに、ストライキだなんだという「大人の事情」であっさり白紙に。

核心に迫り、さあこれからだ!という瞬間に、
「はい、ここまで。続きはありません」と放り出されるあの感覚。

期待していた分、ダメージがデカすぎるんですよね。

レンタルショップで9巻がなかった時よりも、
ずっと深い喪失感と「裏切られた感」に打ちのめされました。

昔は「借りていった誰か」を恨めば済みましたが、
今は「制作を止めた見えない偉い人」に絶望するしかない。

結局、海外ドラマを追うのなんて、いつハシゴを外されるか分からないリスクを承知で挑む、
ただのギャンブルみたいなものです。


3. それでも、つい続きを再生してしまう

「最初から完結済みの名作だけ観ればいい」と頭では分かっているんです。
でも、新作のサムネイルを見てしまうと、また裏切られる予感がしていても、
つい再生ボタンを押してしまう。

次こそは最後まで辿り着けるのか、
あるいはまた「俺たちの戦いはこれからだ!」で放り出されるのか。

「ま、また裏切られるんでしょうけど。それでも今日も、つい続きを再生しちゃうんですよね。」