にじげん守口

番外編たべること【えんがわ みちこ】

番外編たべること【えんがわ みちこ】

私たちは食べることで生きている。

どんなに憎たらしい人間でももさもさと何かを咀嚼してはにんまりとする。

私もそのうちの一人である。

どんなに鬱々していても食欲はある。
いや一度、別れた恋人に新しい恋人ができたと知ったとき、食欲はなくなって涙だけが溢れてきたことがあった。
が、それはこのブログには関係がない。
別れていたはずなのに、もう愛はなくなっていたはずなのに、なぜか急に恋しくなった。
が、このブログには関係がない。
ともかく、私は基本的に食にうるさい性質なのだ。

そこで最近ハマっている食べ物を紹介していこうと思う。

まずは、あんバタートースト。

これは井村屋さんのチューブ入りあんこをスーパーで見つけたことから始まった。
食パンは超熟の5枚切りを約3分トースターで焼く。
私はフランスパンなどのハードなパンが好みなので、焼いた後すぐには食べない。
最低でも15分はトースターの中にそのままにしておく。
ここが大切なのだが、皿に出してしまうと、食パン自体の熱で食パンの背中がしっとりと保湿されてしまう。
それを避けるために私はトースターの中に放置しておくのだ。
そうするとカリカリの食パンが出来上がる。
その上に、これもチューブでバターをちゅちゅちゅと出し、全体にまんべんなく引きのばす。
そして井村屋のつぶあんを同じようにちゅちゅちゅと出して、最初のひと口にだけは塗らず、引きのばす。
最初のひと口はバターだけの食パンで口をごまかすのである。
そのところへ次にあんこが来る。
「えっ甘い……///」とこうなるのである。
実は食パンの耳にもこだわりがあって、4辺のうち一番ざらざらしている面をおしり、一番つるつるしている面をあたま、その他の面を左右の腕と呼んでいる。
私が最も好きなのはあたまであるからあたまを最後に残るようにおしりから食す。
今思えばたいやきもおしりから行く。
と話はずれてしまったが、あんバタートーストはあんこの甘みとバターの塩気が絶妙なバランスで口内を幸福で満たしてくれる。
ひとことで言うならば、最・高である。
これを私は朝、ガラスに注いだ冷たい牛乳とともにいただいてにじげん守口へ行く。
ほら、食べたくなってきたでしょう。
スーパーへ急ぐのだ。

次におすすめするのは、蒙古タンメン中本。

以前までカップラーメンはさほど食べなかった。
カップラーメンは食品添加物が……という家庭に育った訳ではない。
たまには食べた。
けれども、私はそもそもラーメンというものがあまり好きではない。
なにか、食べた気がしないのだ。
男性はラーメンと白米を食べて満足するのかもしれない。
私の場合、白米を一緒に食べるほどではない、しかし腹は少し寂し気である。
そこで食後にお菓子などをぼりぼり食べてしまうから、腹は嬉々としてぜい肉という洋服を着だすのだ。
ということもあって、自炊するようになるとめっきりラーメンを食べなくなった。
しかしなにかの拍子で薬局でみつけたカップヌードルのトムヤムクン味が抜群にうまく、ラーメン入門書なるものを手に入れたような気持ちになった。
その後、ことあるごとにトムヤムクンを食べ続けた私はついに飽きた。
しかし最近、知人からの紹介で知ったセブンイレブンで販売している蒙古タンメン中本のカップラーメンに性懲りもなくハマりだした。
パッケージにある「辛さの中に旨みあり」の言葉の通り、しっかり辛くてしっかり旨い。
私は生たまごをひとつ落とし入れ、辛さをほんの少し緩和させたのちにひぃひぃ言いながら食べる。
麺も食べ応えがある硬さで、腹にたまらないということはない。
大人になって、辛い物の中に存在する旨みがわかるようになった。
子どもの頃は辛いイコール辛いの平面的な感想だけだったが、たこわさを知り、チャンジャを知り、蒙古タンメン中本を知ると、辛いだけで収まらない立体的な感覚を知り得るようになった。
人生の辛さもそれなりに味わってきた。
別れた恋人も今ではいい友だちになった。

日々、いろんな人と接する。
道行くサラリーマン、電車で隣り合わせになる若者、顔見知りのコンビニ店員、追い越してゆく電動自転車のお母さん、公園で追いかけっこをする子どもたち、みんなそれぞれに好きなものがあって好きな食べ方がある。
そう思うと、同じ人間、垣根を低く仲よくしようやという気持ちに私はなる。

この食べ物のこんな食べ方おいしいよ、があれば教えてほしい。
今日の夢はこんな夢だったよ、があれば教えてほしい。
いい天気だね、うん、いい天気。