にじげん大塚
フレンドフレーションという、冷たい傲慢さ
日常の中に飛び込んできた、冷たい言葉
朝の通勤電車は、いつも通りの混雑だった。
つり革に捕まりながら、なんとなくスマホでネットニュースを眺めていた時のこと。
「フレンドフレーション」という言葉が、目に飛び込んできた。
なんでも、フレンド(友達)とインフレーション(物価高騰)を掛け合わせた、海外発の造語らしい。
物価高などを背景に、友人関係を「投資」とみなし、高いコスパやタイパが得られる相手だけを選んで
そうではない関係を「損切り」する現象のことを指すのだという。
画面の向こうでは、ある人が「効率の悪い人付き合いはしない」と自信ありげに語っていた。
スマホの画面を触る指先から、 車内のクーラーとは違う、 妙に生ぬるいゾワッとした感覚が背中を走った。
なんだか、モヤモヤが胸に広がる。

堂々と語られる「損得勘定」への違和感
たしかに、昔から「損得勘定」なんて言葉もある。
生きていれば、多かれ少なかれ頭のどこかで 損得を考えて動く場面が、絶対にないとは言えない。
大人の社会を生きる上で、綺麗事だけでは通らない部分があるのも分かっている。
けれど、それを「フレンドフレーション」なんて新しい言葉にして、
あえて前面に堂々と押し出すのは、いかがなものかと思ってしまった。
一番引っかかったのは、その言葉を使っている人たちの目線だ。
まるで自分が、ずっと「選ぶ側」に居続けられるかのような、そんな傲慢さが透けて見える気がした。

「選ぶ側」がいつの間にか「選別される側」になるリスク
でも、人間関係は一方通行ではないはずだ。
「自分にメリットのない人間は切る」と豪語するその人は、
いつの間にか自分自身も、別の誰かから「コスパが悪い」と品定めされ、
裏でひっそり切り捨てられているかもしれない。
その想像は頭に浮かばないのだろうか。
翻って考えれば、誰だって簡単に「選別される立場」になるというのに。
自分の役に立つか、立たないか。
そんなものさしだけで人を測り、切り捨てていく。
そんな冷たいことを言う人の周りに、そもそも本当に心を通わせられる友達が集まるのだろうか。
それを「コスパが悪い」と考えてしまうこと自体が、なんだか、たまらなく寂しい。

効率の悪さにこそある、大切な温度
きれいに割り切れることばかりが、正しいわけじゃないと思う。
無駄な話をしたり、お互いに大したメリットも生み出さないまま
ただ一緒に笑ったりする時間。
そういう「効率の悪さ」の中にこそ、人がホッとできる瞬間があるのではないだろうか。
だから、私は、誰かから損切りされるかもしれない自分の不器用さを、
どうしても手放したくないなと思っている。
