にじげん大塚

AIがくれる「80点の正解」と、街の本屋がくれた「120点のハズレ」

AIがくれる「80点の正解」と、街の本屋がくれた「120点のハズレ」

突然ですが、皆さんは最近「ジャケ買い」ってしましたか?

……なんて偉そうに問いかけている私自身、実はもう何年もしていません。

そもそも、今の若い世代の方の中には「ジャケ買いって何?」という方もいるかもしれませんね。

ジャケ買いとは、ネットの評判やレビューを一切見ず、お店でパッと目が合ったパッケージ(ジャケット)の
デザインや雰囲気だけを信じて、直感で衝動買いすることを言います。

ネット配信やサブスクが当たり前になり、私自身もその便利さにどっぷり浸かる中で、
直感だけでモノを買う機会はめっきり減ってしまいました。
ですが今、そんな私たちの過去のワクワクがいよいよ完全に消え去ろうとしているニュースが飛び込んできて、
少し寂しい気持ちになっています。

今回は、便利さと引き換えに私たちが失おうとしている「偶然の出会い」について、少し考えてみたいと思います。

2028年、ゲームの「ディスク」が消える?加速する完全デジタル化

事の発端は、ゲーム業界を牽引するPlayStationの決断です。ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が、「2028年1月以降に発売される新作ゲームについて、物理ディスクでの生産を終了する」と発表しました。

つまり、あと数年もすれば、お店でゲームのパッケージを手に取って選び、
レジに持っていくという光景そのものが過去のものになり、
すべてがオンラインでのダウンロード購入に移行するということです。

時代の流れと言えばそれまでですし、私自身も普段はダウンロード版の便利さに恩恵を受けています。
それでも、「手元に形として残るパッケージが消える」という現実を突きつけられると、
大きな時代の変わり目に対する寂しさを禁じ得ません。

「ジャケ買い」は死語になるのか?画面の向こうへ消えるアートワーク

この波は、きっとゲームの世界だけに留まらないはずです。
すでにサブスクリプションが主流になっている音楽の分野でも、
いずれ「CDの現物」という存在自体がさらに縮小し、完全に消滅してしまう日が来るかもしれません。

そうなったとき、いよいよ「ジャケ買い」という言葉は完全に死語になってしまいます。

中身の音すら知らないのに、アーティストが放つ強烈なビジュアルや、
ジャケットの世界観を信じて「えいやっ」と買ってみる。
家に帰ってCDプレイヤーにディスクを入れ、音が鳴るまでのあの独特なスリル。そして、手に入れたデザインを部屋に飾る楽しさ。

すべてがスマホや画面の向こうの小さなサムネイルになってしまったら、「なんとなく惹かれて買った」という
あの愛おしい衝動は、もう二度と味わえなくなってしまうのでしょうか。

Amazonには真似できない、街の本屋がくれた「ランダムなサジェスト」

同じようなことは、すでに私たちの身の回りで起きています。たとえば「本」の世界です。

Amazonをはじめとするネット通販の普及によって、今やどんな遠隔地に住んでいても、
ポチった翌日には本が手元に届くようになりました。この圧倒的な利便性は本当に素晴らしいものです。
しかしその影で、街の本屋さんはどんどん姿を消しています。

私たちが街の本屋で体験していたのは、単なる買い物の場ではありません。
そこには「本との偶然の出会い」がありました。

たとえば、仕事で使う「マーケティングの本」を探しに本屋へ行ったとします。目的の棚へ向かう途中、
ふと横の「心理学」や「歴史」の棚が目に入る。
そこに、本来探していたものとは全く関係のない『なぜ人は嘘をつくのか』といったタイトルが
ポツンと並んでいて、なぜか気になって手を伸ばしてしまう。

その場でパラパラとめくってみると、これが意外なほど面白そうで、「どうしよう、買おうかな……」と
棚の前で真剣に迷い始める。
もちろん、時には「なんじゃこれは?」とガッカリするような大ハズレを引くリスクもあります。
それでも、自分の全く知らない扉を勝手に開けてくれるようなあの空間には、独特のワクワク感がありました。

ネットのAIも「この商品を買った人はこれも買っています」と優秀なレコメンドをしてくれますが、
それは結局、自分の過去の好みの延長線(データの内側)でしかありません。

要するに、AIは「大外れのない平均点80点」のものは確実にオススメしてくれますが、本屋の出会いのように、
自分の想定を心地よく裏切ってくれる「120点の大当たり」は持ってきてくれないのです。

正解ばかりのデジタル社会で、私たちが失いたくない「無駄とワクワク」

データによって最適化され、失敗のない買い物が日常になった現代。私たちは無駄を省き、
最短ルートで「正解」に辿り着けるようになりました。

私自身もその効率性を愛し、日々活用している一人です。
でも、自分の直感だけを頼りに飛び込んで、もし失敗したら「あちゃー」と笑い、
もし想像以上に面白かったら「大儲けした!」と心の中でガッツポーズをする。
そんな「失敗するかもしれないリスクも含めたワクワク」こそが、
人生を少し豊かにしてくれていたのではないかと思うのです。

すべてがデータに置き換わっていく未来を止めることはできませんし、
私自身もデジタルを手放すつもりはありません。
だからこそ、意識してでも、自分の「直感」や「なんとなく」というアナログな感覚を、より大切にしていきたい

効率的な画面から一歩離れて、あえて「無駄」や「偶然」を楽しんでみる。
そんな心の余白を、これからも持ち続けたいなと思っています。

皆さんは最近、どんな偶然の出会いがありましたか?