にじげん大塚

病院にも「ファストパス」?46年待ちのコロッケから考えた、お金と命の境界線

病院にも「ファストパス」?46年待ちのコロッケから考えた、お金と命の境界線

買い物や娯楽の世界で当たり前になった「時間を買う」仕組み

突然ですが、「ファストパス」という仕組みをみなさんはご存じでしょうか。

ディズニーリゾートなどで馴染みがある方も多いと思いますが、簡単に言えば
「追加料金を払うか事前予約をすることで、通常よりも短い待ち時間で優先的に利用できるシステム」のことです。

最近、この仕組みがテーマパーク以外のさまざまな場所に広がりを見せています。

例えば、追加料金を払えば行列のできる人気ラーメン店に並ばずに入れたり、
人気のパンを優先的に購入できたりと、外食や買い物の現場での導入が進んでいます。

世の中には、予約が殺到しすぎて「発送まで46年待ち」と言われる伝説のコロッケまで存在する時代です。

もし「追加で1万円払えば今すぐ届く」という選択肢があれば、払ってでも手に入れたい人は確実にいるはずです。
時間を節約したい人にとって、ファストパスは実に理にかなった仕組みと言えます。

医療現場への「ファストパス」導入がもたらすモヤモヤの正体

ですが先日、このファストパスのような仕組みを
「病院」でも導入しようとしているというニュースを見かけました。

これを見たとき、なんとも言えないモヤモヤとした気持ちになりました。

もちろん、いま議論されているのは皮膚科や歯科、クリニックの受付など、直接命に関わらないような
診療領域から始まっているのだと思います。
いきなり「緊急手術の順番をお金で買う」という話ではないことは百も承知です。

ただ、一度この仕組みが医療の現場に持ち込まれてしまえば、いずれそれが他の診療科や、ゆくゆくは重症な手術の優先順位にまで拡大していくのではないか……そんな未来を少し想像してしまうのです。

要はこれが、「お金で命(の優先度)を買っている」ように見えてしまうからなのかかもしれません。
お金に余裕がある人だけが早く診てもらえて、命の順番を優先して買えるように見えてしまう。
そこが一番のモヤモヤの原因なのかもしれません。

「公平さの理想」と「現実的な利便性」の狭間で

娯楽や買い物であれば、「お金を出して時間を買う」というのも納得がいきます。
しかし、病院という人の健康や命に一番近い場所でまでその論理が持ち込まれることに対しては、
どこか割り切れない違和感が残ります。

……ただ、医療現場の逼迫や、医師の働き方改革、病院の経営難などを考えると、
ファストパスのような仕組みで収益を上げて現場を回すというのも、ひとつの現実的な解決策なのかもしれません。

でも、理想を言えば、医療くらいはみんなが平等であってほしいとも思ってしまいます。

そう思いつつも、もし自分や家族がどうしても外せない仕事や緊急事態に直面したとき、「お金を払えばすぐ診てもらえる」という選択肢があったら、葛藤しながらも使ってしまうかもしれない……というずるい自分がいるのも事実です。

「命をお金で優先する違和感」と、「現実的な利便性」。

単純に『悪だ』と切り捨てることもできず、
便利になっていく世の中の境界線について、深く考えさせられた出来事でした。